「社会の窓」脚本

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                       作 鍋島松涛


    ○東海道新幹線・東京行き・車内(午後)
      SE 白鳥(サン=サーンス)
       風景が流れてゆく。
       浅田浩一(29)ぼんやりと景色を眺める。

    ○浅田家・外(夕方)
       1階が自転車屋の木造二階建て住宅。
       トタンの看板に「浅田サイクル」の文字。くすんでいる。
       店から、馬場大樹(5)、浅田喜久子(60)出てくる。手を繋ぎ、花火会場へ。

    ○東海道新幹線・車内(午後)
       車窓に反射した自分を見つめる浩一。

    ○浅田家・店内(夕方)
       馬場浩子(33)スーパーカブにもたれ、所在なげに外を眺める。

    ○病室(夕方)
       浅田浩幸(65)、ベットに腰かけ、窓の景色を見つめる。手足の包帯が痛々しい。

    ○浅田家・浩一の部屋(夕方) 
       カーテンの隙間から光が射し込む。

    ○東海道新幹線・車内(夕方)
       都会の風景、狭い空を見上げる浩一。

    ○荒川駅西口(夕方)
       荒川花火大会会場の案内看板。
       会場へと向かう人々に、署名活動をする大橋豊子(33)ら主婦数人。
       マンション建設断固反対ののぼり。
       反応は冷ややかだが、熱のこもる豊子。

    ○浅田家・店内(夕方)
       繋がらない電話にため息をつく浩子。

    ○私鉄車内(夕方)
       ドア横の手すりにもたれる浩一。

    ○レストランA・事務所(夕方)
       植野翠(29)つながらない電話にため息をつく。

    ○浅田家、浩一の部屋(夕方)
       カーテンの隙間から光が射す。

    ○荒川駅西口(夕方)
       立ち尽くし、今昔の感に浸る浩一。
       豊子、浩一に近づき、署名を請う。

    ○浅田家・店先(夕方)
       険しい顔で、店先に出る浩子。駅方向100メートル先に、三十階建てマンションがそびえ立つ。

    ○荒川駅西口(夕方)
       署名する浩一。
       深々と頭を下げる豊子。
       そそくさと去る浩一、途中でふと振り返る。豊子と浩子の姿(イメージ)が重なる。

    ○浅田家・店先(夕方)
       「都合によりしばらく休業致します 店主」。
       閉じられた窓ガラスに張り紙。
       ひと気のない店内に西日が差し込む。

    ○荒川駅へ続く道(夕方)
       自転車を走らす浩子。

    ○荒川駅前商店街(夕方)
       新旧の住人、新旧の店舗が入り混じった街の様子。
       視点の定まらない浩一、よそ者のよう。

    ○駅へ続く道(夕方) 
       パンクした前輪、苛立つ浩子。

    ○浅田家へ続く住宅街・工事現場(夕方)
       解体作業中の現場を通り過ぎる浩一。
       モデルルームオープンののぼり。

    ○荒川駅西口(夕方)
       人の多さに辟易する浩子。

    ○高層マンション前(夕方)
       立ち止まり、見上げる浩一。
       マンション建設反対と書かれた横断幕。

    ○荒川駅西口(夕方)
       立ちすくむ浩子に、豊子が声をかける。愛想笑で立ち去ろうとした時、「浅田浩一」の署名が目に入る。驚く浩子に何かを感じた豊子。二人、目が合う。

    ○浅田家・店内(夕方) 
       張り紙を見、ガラス越しに中を覗く浩一。
       人の気配がないが、戸が開いたので驚く。
       西日を背に受けながら、佇む浩一。
    浩一「・・お母さん!・・お母さん居る?」
       自転車のベルを鳴らす。
     SE 振り子時計
       浩一ため息。
       店奥の廊下、のれんをくぐり台所へ向かう。

    ○台所(夕方)
       ひっそりとしている。
       換気扇が風でゆっくりと回転する。
       浩一、二階へ。

    ○浩一の部屋(夕方)
       襖を開け、以前と変らない部屋を見つめる浩一。
     SE 電話のベル
       部屋に入る事なく、そっと襖を閉じ、階段を下りる。

    ○台所(夕方)
       電話機の前に立つ浩一。留守電の固定メッセージが流れると、電話が切れる。

    ○浅田家へ続く道(夕方)
       不満気味な態度で自転車を押す浩子。

    ○浅田家・店内(夕方)
       スーパーカブにもたれる浩一。
       蚊を叩こうとして左腕を叩く。
       顔を歪め、半袖シャツを肩までまくる。
       くっきりと青痣。
       表情が硬くなる浩一。

    ○(回想)レストランB・厨房(夜)
       突き飛ばされ、床に転がる浩一。

    ○浩一の部屋(夕方)
       スライディング(野球)する浩一の写真。

    ○浅田家・店内(夕方)
    浩一「(ため息)」
     SE 自転車、スタンドを立てる音。
       振り向く浩一。
       歩道に自転車を停めた浩子、不服そうに浩一を睨む。
    浩一「(笑顔で)あぁ、どうもしばらく」
    浩子「(ため息)」
    浩一「あれ? 姉ちゃんも今来たの?」
    浩子「大分前から来てたわよ!あんたが遅いから、駅まで迎えに行ったんだからね!」
       苛立ちを隠せない様子で店に入り、トートバッグを椅子に放る浩子。
    浩一「え?あぁ御免・・家出るの遅くて・・」
    浩子「っていうかあんたさ、携帯、電源切ってるでしょ?全然通じないんだけど」
    浩一「あぁ、だって・・煩わしいんだよ。休みだっていうのに職場からさ・・どうでもいいような事をいちいちさ・・」
    浩子「(上がり框で背中越しに)お母さん先に行ったから。大樹連れて」
    浩一「・・あ・・そう(頷く)」
     SE 威圧感のある浩子の足音。
    浩一「(気がつく)あ、そう言えば鍵かかってなかったよ、危ないじゃん」
     SE トイレのドア、開く音。
    浩子(声)「何が?」
    浩一「だから、鍵がかかっ・・」
     SE ドア、勢いよく閉まる音。
    浩一「・・・(ため息)」
      急にしんとなり、振り子時計の音が際立つ。
     SE 歩道、子供達のはしゃぐ声
      店内を見回す浩一。
      工具、部品、大特価と書かかれた自転車、色あせたポスター、茶色い梁。
      玩具の赤いバットが転がっているのを除けば、以前とさして変らぬ店の様子。

    ○台所(夕方)
     SE トイレの水が流れる音、ドアの開け閉めする一連の音。
       流しで手を洗い、コップに水を注ぎ一気に飲み干す浩子。呼吸を整え、店へ。

    ○浅田家・店内(夕方)
       何の気なしにバットを見つめる浩一。
       浩子、サンダルに履き替える。
    浩子「で? お父さんの見舞い行ったの?」
       団扇で扇ぎながら扇風機をつける浩子。
    浩一「時間無かったから、明日行くよ。うん・・」
    浩子「(ため息)それにしてもあんた、随分ご無沙汰だったわね」
    浩一「ね(苦笑)本当・・」
    浩子「(額の汗を手の甲で押さえる)」
    浩一「そう、珍しく二連休とれて・・見舞い行かなきゃな、と思ってたし・・花火大会だっていうからさ・・」
    浩子「・・ふーん」 
        蚊取り線香に火をつける浩子。その後姿を見つめる浩一。
    浩一「(見透かされているような気分)」
     SE 遠くから電車の警笛
    浩一「何・・お父さん、階段から落ちたんだって?」
    浩子「・・みたいね」
    浩一「・・ふーん」

    ○病室(夕方)
       黙々と夕飯を食べる浩幸の後姿。
    浩一(声)「まぁでも・・怪我で済んで良かった・・」
    浩子(声)「・・・」

    ○浅田家・店内(夕方)
       女性がモデルの販促用立体POP
     SE 風鈴
    浩一「(苦笑)本当・・申し訳ない」
    浩子「・・何? 何であんたが謝るのよ」
    浩一「だって・・俺、何も協力出来てないし」
    浩子「(苦笑)別にいいんじゃない?お父さんだって言ってたでしょ?『わざわざ来なくていい』って」
    浩一「・・まぁ、そうだけど」
    浩子「そう。だから、あんたはあんたで、自分の事やってればいいの。ね?」
    浩一「・・はぁ」
    浩子「・・暑い」
       転がるバットが目に入る浩一。

    ○荒川土手方面道路(夕方)
       喜久子と手を繋ぎ、スキップする大樹。
    浩一(声)「あ、そう言えば大樹って幾つ・・」
    浩子(声)「五歳でーす」
    浩一(声)「五歳か・・(ため息)そうだよな・・」

    ○浅田家・店内(夕方)
       バットを見つめたままの浩一。
    浩一「大樹が生まれた時以来だもんな、こっち帰ってくるの」
    浩子「・・・(反応せず外を眺めている)」

    ○(回想)レストランB(昼)
       スタッフの指示に奔走する浩一。
       事務所、売り上げデータを見て険しい顔。
       クレーム客に頭をさげる。
       事務所でウエイター(女)に叱咤する。
       浩一に対し、反感の色を露にするウエイター。

    ○浅田家・店内(夕方)
       外を眺めながら、ため息をつく浩一。

    ○(回想)とある喫茶店(昼)
       窓の外は雨模様。
       浩一と翠、向かい合わせで座っている。
       電話をしている浩一、鬱陶しそうな応対。
       無表情に窓の景色を眺める翠。
       電話を切り、深いため息をつく浩一。
       具体的な説明もせず、店を後にする。
       残された翠、表情は変らない。

    ○浅田家・店内(夕方)
       テーブルに「断水のお知らせ」の案内。
    浩一「・・何してたんだろうな、俺」
    浩子「(浩一をちらっと見て苦笑)」
    浩一「(俯いて鼻をすする)・・・」
       互いに外を眺め沈黙。
    浩一「(話題転換、ガラス戸にもたれ)いやぁ・・でも驚いたよ」
    浩子「・・何が?」
    浩一「(外を眺めながら)何か・・ここら辺も、随分変っちゃったなぁ、と思ってさ。知らない店も多くなったし・・垢抜けたっていうの?」
    浩子「・・・」
    浩一「・・何だか・・知らない町に来たようで・・妙に落ち着かないっていうか・・」
    浩子「・・(高層マンションを見ながら)そりゃそうでしょ。五年経てば、相当ね、変るわよ。東京なんて特に」
    浩一「(苦笑)でも一寸寂しいよな」
    浩子「何でよ・・便利になっていいじゃん」
    浩一「(苦笑)便利か・・まぁでも、うちは全然変ってないから、安心した よ」
    浩子「・・・」
       浩一、店先に出て、しばし沈黙。
    浩一「・・あのマンションでしょ?」
    浩子「・・え?」
    浩一「ほら、昔反対してた・・」

    ○高層マンション(夕方)

    ○浅田家・店先(夕方)
    浩子「・・・そう」
       沈黙
    浩一「(苦笑)これじゃ確かに見えそうにないよね、花火」
    浩子「・・・」

    ○(回想)荒川駅西口(昼)
     T・8年前・荒川駅西口
       拡声器で署名を訴える浩子と地元住人。
    浩子「下町の風情が色濃く残るこの町に、30階建ての高層マンションが建 設されようとしております。景観や、日照権の問題は勿論ですが、大規模 な工事により、地元住民の生活が危険に晒されるかもしれないのです。 (F・O)ですから何としてでも、この計画を阻止しようではありません  か・・その為に、皆様のご支援、ご協力を・・」
       浩一、ビラを配る。
       関心を示さない通行人。
    浩一(声)「相当頑張ったのにね・・」

    ○浅田家・店先(夕方)
    浩子「・・・」
    浩一「・・(苦笑)」
    浩子「・・・」
    浩一「しかし、あのマンション、花火見るには最高だよな・・」
    浩子「・・(苦笑)」
    浩一「え?」
    浩子「(首をふる)いや」
    浩一「・・知り合いが住んでたらさ、見せてもらえたのにね・・誰かいない の?」
    浩子「・・・」
    浩一「・・いるわけないだろって?(フフ・・)」
       二人でマンションを眺め沈黙。
       浴衣の男女が通り過ぎ、目で追う浩一。
    浩一「・・・」
    浩子「そう言えば何で彼女連れて来なかったのよ」
    浩一「・・え?」

    ○レストランA(夕方)
       忙しく動き回る翠、明るい雰囲気の店内。スタッフとの関係も、良好な感じが伺える。
    浩子(声)「彼女。いるんでしょ?」
    浩一(声)「・・あぁ、うん。けど・・仕事で・・」
    浩子(声)「何?職場の人だって?」
    浩一(声)「うん、まぁ、そうだけど・・今は別の店だし、向こうも店長だ から・・なかなかねぇ、休み合わなくて」
       一瞬不安な表情を見せる翠。
    浩子(声)「ふーん・・」

    ○浅田家・店内(夕方)
       カラのバケツ
    浩子「じゃあま、今度連れてきなさいよ」
    浩一「・・・(小さく頷く)ね」 
       沈黙
    浩子「何?店長ともなると相当大変なの?」
    浩一「そりゃそうだよ・・管理職だもん・・上からも下からもさ・・つつか れて・・」

    ○(回想)レストランB(昼)
       営業本部からの視察、指導を受ける浩一。
       スタッフに指示する浩一だが、背中に冷たい視線を浴びている。
    浩一(声)「本当胃が痛いよ」

    ○浅田家・店内(夕方)
     SE 豆腐屋のラッパ
       ペダルを手で回し、車輪を見つめる浩一。
    浩子「・・まぁ、無理しないように・・」
    浩一「・・ありがと」
       車輪が回転を落とす
    浩一「お父さん、当分無理だよね、店」
    浩子「・・まぁ、そうだろうね」
    浩一「(鼻をすする)」
    浩子「何?『店手伝おうかな』って?」
    浩一「(苦笑)いいかもね・・」
        沈黙
    浩一「(切り替えて)そう言えば、お母さんと何処で待ち合わせしてるの?」
    浩子「いや、特に決めてない」
    浩一「え、何で? だって・・あんだけ人いたらさ、何処にいるか分からないじゃん」
    浩子「そうなんだけど・・『私・・ひょっとして行かないかも』って言ってあるから・・」
    浩一「・・え?何で」
    浩子「いや、まぁ・・折角だから?あんたと二人きりでね、じっくり話でもしたいなって。まぁ、あんたがどうしても行きたいっていうんだったら・・仕方ないけど」
       蚊取線香から煙が漂う
    浩一「・・えっ、どういう事?」
    浩子「別に深い意味はないわよ。ただ・・これからの事とか?聞きたいなって」
       浮遊する埃が西日に照らされている。
    浩一「(腕組、頬に手を当て)うーん(長い)
       これからの事か(返答に困っている)」
    浩子「何?ずっと向こうで働くつもり?」

    ○(回想)レストランB・厨房(夜)
       突き飛ばされ、顔色を失う浩一。

    ○浅田家・店内(夕方)
    浩一「ん?(苦笑)ねぇ、どうなんでしょう」
       沈黙
    浩一「正直・・まだ分んないなぁ(苦笑)」
    浩子「・・・」
    浩一「その答えは・・まだ保留でいいかな」
    浩子「・・・(頷く)」
    浩一「他には?」
    浩子「・・ううん(首を振る)・・とりあえずいい」
       振り子時計
       蚊取り線香の灰が落ちる
    浩子「ありがと。じゃあ行ってきていいよ」
    浩一「え?姉ちゃんは?」
    浩子「あぁ・・私ね、友達とここで会う約束してるのよ。だからそれ済んだら行く」
    浩一「・・じゃあ俺も待ってるよ」
    浩子「何でよ、行ってきなよ」
    浩一「だって・・一人じゃ寂しいじゃん・・お母さん達とだってさ、会えるかどうか分からないのに・・」
       歩道へ出て看板を見上げる浩一。
    浩子「・・・そうですか」
     SE 小型犬の鳴き声
       感慨深い表情の浩一。

    ○とある倉庫(夕方)
       馬場恒男(37)、フォークリフトでトラックの荷台へ積み込み作業をしている。
    浩一(声)「そういえばお義兄さん今日来る の?」
    浩子(声)「忙しいから多分無理だって」
    浩一(声)「・・」
    浩子(声)「宜しくだってさ・・」
    浩一(声)「・・(頷く)」

    ○浅田家・店先(夕闇)
    浩一、看板を見上げたまま、吹きだす。
    浩子「何よ」
    浩一「そういえば姉ちゃんさ、お義兄さん挨拶に来た日の事、憶えてる?」
    浩子「うちの旦那?えっ・・何で?」
    浩一「何か気付かなかった?」
    浩子「は? どういう事?」
    浩一「あの日さ、俺と父さんで看板書き直したんだよ・・」
    浩子「・・・え?」
       看板を見上げる浩子。

    ○(回想)浅田家・外(昼間)
     T・7年前
       梯子を登る浩一、それを支える浩幸。
    浩一(声)「俺が言ったんだけどね・・『看板位書きなおそうか』って」
       慣れない手つきでペンキを塗る浩一。
    浩子(声)「・・・」
    浩一(声)「まぁ、あんまり自慢するような出来じゃなかったからさ、黙っ てたけど・・」

    ○(回想)浅田家・外(夕闇)
       書き直された看板。
       スーツ姿の恒男、看板を見上げ立ち止まる。
       浩子、中へと促し、恐縮しながら入る恒男。

    ○浅田家・外(夕闇)
       深刻な表情で看板を見上げる浩子。
    浩一「俺も協力したんですよ。お姉様の為に」
    浩子「・・・」
    浩一「感動した?」
    浩子「(我に返る)え?あぁ・・(首をひねり、中へ)そうね」
    浩一「(苦笑)そんなもんかよ」
       歩道の鉢植え、夕顔が咲いている。
    浩一「まあいいけど・・お父さん・・退院して早く復帰して欲しいね(中へ 入る)」
    浩子「(咄嗟に)あ、じゃあ・・その事なんだけどさ」

    ○浅田家・屋上物干し場(夕闇)
       浩幸のパジャマが揺れている。
    浩一(声)「・・ん?」

    ○店内(夕闇)
       沈黙
       柱によりかかる浩子。
    浩子「(ためらいながら)あの・・一寸頭に入れといてもらいたい事があるのよ」
    浩一「・・何?」
    浩子「だから・・まだ話の段階なんだけどね・・」
    浩一「うん」

    ○浅田家・外観全体(夕闇)
    浩子(声)「・・そう、『この家建て替えようか』ってね・・そういう話が出て」
    浩一(声)「・・・」

    ○店内(夕闇)
    浩一「・・え?」
       振り子時計の鐘が七回鳴る。
       静寂、振り子の音が響く。
    浩一「・・え?本当?」
    浩子「うん、ほら、大樹も大きくなるしさ、そろそろアパート出て、家買お うかって話をしてて・・そうしたらお母さんがね『だったらここを建て替 えて、一緒に住む?』って・・そう。ここも大分古くなってるし、うちの 旦那もそれでいいって言うから」
    浩一「・・・」
    浩子「まぁ、そんな事もあって、あんたに聞いときたかったの。帰るつもり があるのかどうかだけでもさ・・」
       テーブルの上の算盤
    浩一「・・え?お父さんは何て?」

    ○病室(夜)
       プロ野球ナイター中継を見る幸浩。
    浩子(声)「・・まだ言ってない」
    浩一(声)「(苦笑)何それ・・っていうか店どうなるの?」
        沈黙
    浩一(声)「ねぇ」
    浩子(声)「だから・・申し訳ないけど、店・・もう閉めてもらおうかと思って」

    ○浅田家・店内(夜)
       沈黙
    浩一「・・・え?」
    浩子「だから、店を続けるっていう前提でね、建て直すつもりは無いの!今のところ」
       薄汚れた油差し。
    浩一「何でよ」
    浩子「何でって・・だって考えてみな、ね? もう若くないんだし、治ったところで?今まで通り働くっていうのは、難しいと思うのよ・・売り上げ だってさ、殆どあてにならないって、お母さん言ってたし・・」
    浩一「・・・」
    浩子「・・ま、そう考えると・・潮時なんだろうな・・ってさ」
        柱に頭を軽くぶつけている浩子。
    浩子「正直うちらだってさ・・お金・・なるべく抑えたいのよ・・分るでしょ?」
    浩一「(頷く)」
     SE 中型犬の鳴き声
    浩一「・・・」
    浩子「まだ本当・・話の段階だから?・・どうなるか分からないけど」
    浩一「・・・」
    浩子「ま、そういう事なんです」
       ゆっくりと店先へ向かう浩子。
    浩一「・・(頷く)」
    浩子「(通りを見ながら)お父さんにはさ、ちゃんと説得するから・・そこら辺は気にしないで・・」
    浩一「・・・」
    浩子「何かいいたい事ある?」
       沈黙
    浩一「(咳払い)あの・・例えばさ、俺が店継ぐって言ったら・・どうなるの?」
    浩子「・・はい?」
    浩一「だから、俺が『店継ぐ』って言い張ったら、どうなるわけ?」
     SE 女子中学生、はしゃぐ声
       通りを眺め、しばし沈黙する浩子。
    浩子「まぁ、本当にそのつもりがあるなら?それは考えなきゃいけないわよね、当然」
       沈黙
    浩一「はい!(手をあげ、あっけらかんと)じゃあ、継ぎます」

    ○イメージ
       選手宣誓(野球)する中学生の浩一。

    ○浅田家・店内(夜)
    浩子「・・・(ため息)」
    浩一「何か?(意見は)」
    浩子「・・・本気なの?」
        沈黙
    浩一「(笑う)嘘だよ・・冗談に決まってるじゃん」
    浩子「(小刻みに頷く)」

    ○(回想)レストランB・厨房(夜)
       従業員Aの胸倉をつかむ浩一。
    浩一「どういう事だよ、おい!」
       他のスタッフが止めに入る。
    従業員B「店長!店長!」
    従業員A「やめ・・離せよ!」
       突き倒される浩一。
    浩一「・・・」
    従業員A「冗談だって言ってんだろ!」

    ○浅田家・店内(夜)
    浩一「(無理に笑って)継ぐって・・そんな事あり得ないよ」
    浩子「(苦笑)どうだか」
    浩一「・・はい?」
    浩子「あんたお父さんと一緒で、何考えてるか分からないからね・・(苦笑)」
       沈黙
     SE 自転車のベル
    浩一「何それ(憮然とする)どういう事」
    浩子「だから、私には理解できないところがあるって言っただけ!あんたの事も、お父さんの事も、別に悪く言うつもりはありませんから」
    浩一「そうかな」
    浩子「はい?」
    浩一「だって姉ちゃんさ、お父さんの事あんまり好きじゃなかったんでしょ?こういう商売やってるって事も含めてさ・・」
       沈黙
    浩子「・・・」
    浩一「『だから浩子は、誰も家に呼ばなかったんじゃないか』って、お母さん言ってたよ」
       ガラス戸『セールスお断り』のシール。
       浩一の固い表情。
       沈黙
       浩子吹きだす。
    浩一「?」
    浩子「一体いつの話をしてるのよ、それ・・」
    浩一「・・・」
    浩子「もう、親ってどうしてさ、どうでもいいような事、いちいち憶えてるのかね・・」
       玩具のバット。
       埃をかぶったトランジスタラジオ。

    ○(回想)浅田家近くの路上(夕方)
       浩子(当時10)、友人と帰宅途中、友人の父親(サラリーマン)と会い、親子で帰ってゆく後姿を見送る。二人に品を感じる浩子。
    浩子(声)「何だろ・・そうね・・確かに私・・サラリーマンの家庭?に、憧れてたんだよね・・」

    ○浅田家・外(同日)
       店先で煙草を吸いながら自転車を磨く浩幸。
       サンダル履き。作業着は汚れている。
    浩子(声)「お友達の家が皆そうだったからさ、うちが特別のような気がして・・まぁ確かに・・抵抗あったんだろうね・・」
       浩幸の姿を見、ため息をつく浩子。
       浩幸を避けるように家へはいる。

    ○浅田家・店内(夜)
       コンプレッサー(空気入れ)
    浩子「何不自由なく育ててくれてたっていうのに・・本当・・(苦笑)」
    浩一「・・・」
    浩子「そう、だからその分、恩返ししないといけないな・・と思ってはいたんだけど」

    ○(回想)荒川駅西口(8年前・雨)
       傘を差し、建設反対のビラをくばる浩子。
    浩子(声)「なかなかねぇ・・」

    ○浅田家・店先(夜)
    浩子「(あっけらかんと)ま、という事ですが、宜しいですか?」
    浩一「・・(頷く)」
    浩子「・・」
       浩子の自転車に跨る浩一。
    浩子「・・何?お母さん、その話いつしたの?」
    浩一「・・お義兄さんが来た日だよ」

    ○台所(回想・7年前)
       お寿司、から揚げ、五目煮、ポテトサラダ、カットトマトが並ぶテーブル。
       恒男にビールを注ぐ浩子。恒男を制し、そのまま浩幸と自分のグラスに注ぐ。台所で沢庵を切る喜久子に座るようせかす。溢れた泡が、幸浩の指についたペンキを隠す。
    浩一(声)「姉ちゃんが初めて呼ぶお客さんだったから・・思い出したんじ ゃない?」

    ○浅田家・外(夜)
       看板を見上げる浩一。
    浩一「そう、それ聞いたから、少しでも見栄え良くしてあげようと思って  さ・・書き直したわけですよ。看板」
    浩子「・・・ありがと」
       ふと足元を見る浩一。
    浩一「何これ、パンクしてるじゃん」
    浩子「・・え?あぁ、そうなの。直せる?」
    浩一「俺?(面倒くさそう)・・あぁ・・最近全然やってないからな   
     ぁ・・」
    浩子「じゃあいいや、よそで直してもらうから」
    浩一「・・それがいいかも」
       少し後ろめたさを感じる浩一。自転車から降り、転がっているバットを手にする。
    浩一「何?大樹野球やるの?」
    浩子「ここで振り回してるだけよ」
    浩一「それにしちゃ、使い込まれてない?」
    浩子「それあんたのよ」
    浩一「え?」
    浩子「お父さんが買ってあげたんですって・・憶えてない?」
    浩一「(バットを見つめ)うん」

    ○浅田家・店内(回想、二十三年前)
       店内でバットを振り回す浩一(6)。
       喜久子に取り上げられる。
    浩子(声)「でね、店の中でも振り回す もんだから、いっつもお母さんに怒られて、その度に泣いたらしいわよ、あんた」
       窓際で小さくなり泣いている浩一。
    ○浅田家・店内(現在)
    浩一「・・全然憶えてないわ」
    浩子「・・私はね・・何となく憶えてるなぁ」
    浩一「・・へぇ」

    ○(回想)浅田家・店内(夕食時)
       街灯がぼんやりと差し込む店内。
       小さくなったままの浩一(6)。
       上がり框に立つ浩子(10)。
    浩子「浩一、ご飯だよ!」
       浩一のすすり泣く声。
    浩子「ねぇ、浩一!・・・浩一!」
    喜久子(声)「浩子、もう放っときなさい」
       浩一大泣き。
    浩子「・・・」
       その場にしゃがみ、小さな弟の背中を見ている浩子。
    浩子(声)「あんた・・確かによく泣いてた」

    ○浅田家・店内(夜)
       バットを眺めながら
    浩一「(苦笑)そうなんだ」

    ○(回想)浅田家・店内(昼)
       大樹のバットを取り上げる浩子。
    浩子「大樹!いい加減にしなさい!何度言ったら分るの!」
       泣き出す大樹。なだめる喜久子。
    浩子(声)「忘れちゃうんだろうな、本人は」

    ○浅田家・店内(夜)
       物思いに耽る浩子。
       バットを軽く振る浩一。
       押っ取り刀で駆けつける豊子。
    豊子「(息切れ)お待たせ」
    浩子「あ、お疲れ」
    豊子「御免ね、遅くなっちゃって!」
    浩子「いえいえ」
    豊子「あ・・先程はどうも(浩一に会釈)」
       浩一もとりあえず会釈。
    豊子「ねぇ・・弟さんだなんて知りませんで」

    ○(回想)荒川駅西口(夕方)
       浩一に近づく豊子。

    ○浅田家・店内(夜)
    浩一「あ・・あぁ、先程は・・」
       笑顔で返す豊子。
    浩子「どうだった?」
    豊子「駄目。皆花火でそれどころじゃないみたい」
    浩子「・・残念ね」
    豊子「仕方ないわよ。・・あ、これ駅前にね、最近出来た霧島ベーカリーのメロンパン。美味しいって評判の。一寸しかないけど・・よかったら」
       パンが入った紙袋を差し出す豊子。
    浩子「あらやだ・・何でよ?」
    豊子「いいのいいの・・お二人にはね、協力してもらったし・・受け取っ  て」
    浩子「・・あぁ・・じゃあ、すみませんねぇ(紙袋受け取る)」
    豊子「いいえ、どういたしまして・・(ハンカチで扇ぐ)暑い・・」
    浩子「(浩一に)短大の同級生、豊子ちゃん」
    浩一「あ・・あぁ・・はぁ」
    豊子「大橋と申します。よろしく」
    浩子「偶然十何年ぶりに会ったの、ね?」
    豊子「ねぇ・・びっくりしちゃったわよね・・まさかこんなところで・・ね ぇ」
    浩子「あそこ(高層マンション)に住んでるんだって」
    浩一「・・え?」
    浩子「あぁ!あんた、よく分ってないで署名したな!やっぱり」
    豊子「いいっていいって」
    浩子「あのマンションの前にね・・さらに大きいのが建つ予定なんですって」
    浩一「あぁ・・そうっすか」
    豊子「そうなんですよ・・まぁ・・署名集めたところで?・・どうなるのか(私には)分からないですけど(フフフ)・・すでに諦めてる人も多いんで」
    浩一「(頷く)」
    豊子「そりゃそうですよね・・まぁでも、これがきっかけで?浩子ちゃんともねぇ・・会えたわけだし」
       浩子微笑む

    ○荒川駅西口(回想)
       偶然の再会に驚く浩子と豊子。
    豊子(声)「声かけた時、何処かで見た事があるなって、思って・・浩子ちゃん全然変ってないんだもん」
    浩子(声)「(苦笑)また・・」
    豊子(声)「いやいや、本当本当・・ねぇ・・お子さんもいるのに・・若いわ・・」

    ○浅田家・店先(夜)
       浩一、微笑んで聞いている
    浩子「ここも何度か来てくれてるんだってさ」
    浩一「へぇ・・」
    豊子「ええ。でもまさか浩子ちゃんの実家だったとは(明るいため息)ね  ぇ・・」
       浩子、照れ笑い。
    豊子「(笑顔)」
     SE 電話のベル
    浩子「ちょっと(台所へ向かう)」
    豊子「うん」
    浩一「・・・」
     SE 廊下を歩く音
       豊子、浩子の方を見ているが、ふと思い出したように、
    豊子「あれですって?久しぶりにこちらへ?」
    浩一「ええ、親父が入院してるもんで・・」
    豊子「そうなんですってねぇ・・早く治って欲しいですねぇ・・」
    浩一「ですね・・」

    ○台所(夜)
       受話器をとる浩子。
    浩子「もしもし、浅田ですが」

    ○(回想)浅田家・店先(昼)
       張り紙を見て立ちすくむ豊子。
       気付いた喜久子、ガラス戸を開け、豊子に事情を説明する。
    豊子(声)「この前も、お願いしに来たら、閉まってるでしょ?どうしちゃったんだろうなと思って、おば様に聞いたら・・ねぇ・・そういう事だったとは」

    ○浅田家・店先(夜)
    浩一「ねぇ(申し訳無さそうに頭を掻く)本当申し訳ないです」
    豊子「あれですってね。看板書き直そうとして、梯子から落ちたんですって ね」
    浩一「(きょとんと)・・は?看板?」

    ○イメージ・浅田家・外(昼)
     T 一ヶ月前
      (イメージ)梯子から足を踏み外し、地面に叩きつけられる浩幸。

    ○浅田家・店先(夜)
    浩一「・・・え?それ本当・・ですか?」
    豊子「え?・・違うんですか?」
    浩一「(それが事実だと知り)あ・・いえいえ・・僕もあんまり詳しくは聞いてなかったもんで・・」
    豊子「何かそうみたいですよ・・ねぇ・・お気の毒に・・」
       浩子、顔を出す。
    浩子「植野さんって人・・仕事の件だって」
    浩一「?・・あ・・はい(台所の方へ向かう)」
    浩子「携帯まだ通じないってよ」
    浩一「(バットを立てかけ、のれんをくぐる)」
      SE 廊下を歩く足音
    豊子「大変そうね・・」
    浩子「(一瞬微笑む)・・・」

    ○台所(夜)
       電話機の前でしばし佇む浩一、ゆっくりと受話器をとる。
    浩一「(押さえた声で)もしもし」

    ○レストランA・事務所(夜)
    翠「(ため息)・・私だけど・・」

    ○台所(夜)
    浩一「・・・」

    ○荒川駅前商店街(夜)
       見物客でごった返す。

    ○浩一の部屋(夜)
       街明りが差し込む。

    ○浅田家・店内(夜)
       浩子と豊子の後姿。

    ○街灯(夜)
       羽虫が飛び交う。

    ○恒男の職場(夜)
       フォークリフトで荷物を運ぶ恒男。

    ○とある出店・焼きソバ屋(夜)
       もうもうと湯気が立ち込める。

    ○浩幸の病室(夜)
       野球中継を見る浩幸の背中。

    ○解体現場(夜)
       「モデルルーム公開」のぼりがゆれている。

    ○台所(夜)
       受話器を持つ浩一の背中。

    ○浅田家・屋上物干し場(夜)
       パジャマが勢い良く揺れる。

    ○荒川土手(夜)
       花火を待ちわびる喜久子と大樹の後姿。

    ○高層マンション・豊子の部屋(夜)
       眺めのいいリビング、ひっそりとしている。

    ○浅田家・店内(夜)
       振り子時計7時25分
       マンションを眺める浩子、豊子。
    豊子「うちから花火見れるの・・今年が最後かもしれないと思うと・・ちょ っと悲しい」
       何も返せない浩子。

    ○レストランA・事務所(夜)
       携帯電話を切り、ため息をつく翠の横顔。
    ○浅田家・店先(夜)
    豊子「前はここからも見えてたんでしょ?花火」
    浩子「・・(驚いた様子)」
       沈黙。
    豊子「・・ご両親に言えなかったな・・あそこに住んでるって事」
    浩子「・・・」
    豊子「・・署名・・・取り消す?」
    浩子「(苦笑)いいって、もう」
       沈黙
       静かに浩一が現われる。
    浩子「・・・」
    豊子「(気を取り直し)あ、じゃあそろそろ」
    浩子「うん、本当どうもありがとね」
    豊子「いえいえ、こちらこそ。あ、おじ様治ったら連絡して。私まだパンク直してないの」
    浩子「(苦笑)わざわざうちじゃなくても」
    豊子「いいのいいの。ここでお願いするって決めてるから。だって二人とも 凄く優しいんだもん。用事なくても遊びに来たい位よ」
    浩子「・・・」

    ○(回想)浅田家・店内(昼)
       豊子の自転車を直す浩幸。
       豊子、椅子に座り、その作業をじっと見ている。
       豊子にお茶を出す喜久子。和やかな雰囲気。

    ○浅田家・店内(夜)
       浩子、浩一沈黙。
    豊子「だから『待ってます』って伝えて」
    浩子「・・・(微笑む)言っとく」
    浩一「・・(頷く)」
       微笑む豊子
       間
    豊子「(腕時計を見て)そろそろだね」
    浩子「うん」
    豊子「(浩一に)あ、署名有難うございました」
    浩一「(目を合わせないが、微笑んで会釈)」
    豊子「よし・・と。じゃあ・・また」
    浩子「うん」
       歩き出す豊子、途中で振り帰る。
    豊子「大樹ちゃん連れて、遊びに来てー!」
    浩子「(手を振り)分った!」
       前を向き小走りになる豊子。
       しばし見送る浩子。
    浩子「(安堵)」
       店中へ入り、上がり框に座る浩子。
    浩子「ねぇ・・まさかって感じでしょ?」
    浩一「・・」

    ○マンションへの道(夜)
       足早に帰る豊子。
    浩一(声)「お子さんは?」
    浩子(声)「・・いないんだって。欲しいらしいけど」
    浩一(声)「・・・」
    浩子(声)「旦那さんがね、単身赴任で中国に行っちゃってるんだってさ。(苦笑)あんな広い部屋なのに、独りで寂しいだろうね・・」

    ○浅田家・店内(夜)
    浩一「・・・」
    浩子「・・そう言えば、電話のコ・・彼女?」
    浩一「(苦笑)」
    浩子「『先月伺うつもりだったのに、申し訳ありませんでした』って、言う からさ」
    浩一「まぁ・・それはいいんだけどさ・・」
    浩子「ん?」
    浩一「さっき、あの人から聞いたけど・・お父さん・・看板書き直そうとして落ちたんだって?」

    ○(イメージ)浅田家・店先(昼)
       地面に叩きつけられる浩幸。

    ○浅田家・店内(夜)
    浩一「・・・」
    浩子「(ため息)」

    ○(イメージ)浅田家・店先
       倒れたまま動かない浩幸。
    浩子(声)「本当はね・・そうみたいよ」
    浩一(声)「(呆れる)何だよ、それ」
    浩子(声)「そう、私もようやく納得したわよ。看板書き直す理由と、あんたに嘘をつく理由が・・ちゃんとあったんだなって・・」

    ○浅田家・店内(夜)
    浩一「(ため息)」
       間
    浩子「先月来る筈だったの?彼女と」
    浩一「・・(頷く)」

    ○浩幸の病室(夜)
       寝そべり、野球中継を見る浩幸。
    浩一(声)「お父さんがさ、『申し訳ないけど日を改めさせてくれ』って、 何度も謝ってたよ」
       沈黙。
       窓から花火が見える。
       幸浩、起き上がる。

    ○浅田家・店内(夜)
     SE 花火の音
       二人で音の方向を見る。
       沈黙
    浩一「・・・」
    浩子「(あっけらかんと)ま、仕方ないじゃない・・そもそもはお父さんが いけないんだし。あんたは気にしない事よ。ね?」
    浩一「・・・」
    沈黙。
       マンションを見つめる浩子。
     SE 花火の音
    浩子「(吹きだす)でも・・笑っちゃうよね・・私ら反対してたマンション なのにさ、今度は応援してるんだもん・・」
    浩一「・・・」
       沈黙。
       浩子、一息いれ、トートバックを取る。
    浩子「さて、じゃあそろそろ行きましょうか」
       浩子の自転車を店内に入れる浩一。
    浩子「え、何?」
        浩子の顔を見ようともしない。
    浩一「俺いいからさ、姉ちゃん行ってきなよ」
    浩子「え・・何?どうしたの?」
    浩一「どうしたのって、パンク直すんだよ」
       工具を一式用意し始める。
    浩子「え?だからよそに頼むって」
    浩一「いいって!・・いや、実はさ・・俺・・今日中に帰らなきゃいけなくなったんだわ・・本社に呼び出されて」
    浩子「?」
    浩一「少し位なら時間あるから、せめてこれ位?やっといてあげようかなって・・っていうか・・やらせて」
       間
    浩子「何?・・どうしたのよ?」
    浩一「別に。大した事じゃないよ」
    浩子「・・・見舞いは?」
       沈黙。
     SE 花火の音
    浩一「近いうち来るって・・言っておいてよ」
       バケツに水を溜める浩一。
    浩子「・・・」

    ○屋上・物干し場(夜)
       微かに揺れるパジャマ。

    ○店内(夜)
    浩子「(苦笑)じゃあそんなの放っておいてさ、ちょっとでも花火見てから帰りなさいよ」
    浩一「(苦笑)いいよ」
    浩子「何でよ」
    浩一「だからいいって言ってんじゃん!・・俺がそうしたいって言ってんだから、それでいいんだよ!」
     SE 花火の音かなり大きめ。
      バットが倒れる。
    浩子「・・分った」
    浩一「・・・」
     SE 振り子時計の音
       タイヤに金具を入れてゆく。
    浩子「じゃあ私、上で見るわ・・」
       浩一、無反応。
    浩子「屋上からだとね、ほんのちょっとは見えるんだよ・・疲れたからそれ でいいや」
    浩一「・・・」
    浩子「じゃあ・・宜しく頼むね(店奥へ向かう)」
    浩一「あのさ・・」
       振り向く浩子。
    浩一「家の事は・・好きにしていいから。・・でも・・お父さんの意見は尊 重してあげてよ」
    浩子「・・わかった」
     SE花火の音
    浩一「で・・俺の部屋の物は・・全部処分しちゃって構わないから・・」
       沈黙
    浩子「(深いため息)・・そ」
       浩子、あがってゆく。
     SE 廊下と階段を歩く音。
       窓際で黙々と用意する浩一。
    翠(声)「騒ぎになってるけど・・どういう事?」

    ○(回想)台所(夜)
    浩一「・・何が?」
    翠(声)「何がって・・」

    ○(回想)レストランA・事務所(夜)
    翠「昨日・・スタッフに怪我させたんですって?」

    ○(回想)台所(夜)
    浩一「・・は、怪我?・・何それ」

    ○病室(夜)
       松葉杖をつき、窓辺で花火を見る浩幸。

    ○荒川土手(夜)
       花火を見上げる喜久子と大樹。

    ○恒男の職場(夜)
       仕事の手を休め、花火を見る恒男。

    ○豊子のマンション・ベランダ(夜)
       花火を見つめる豊子。

    ○浅田家屋上・物干し場(夜)
       マンションの脇から花火の明りが漏れる。
       それを見ようともせず、手すりにもたれ、物思いにふける浩子。
       パジャマが揺れている。

    ○(回想)レストランA・事務所(夜)
       事情を説明している翠の横顔。

    ○(回想)台所(夜)
       怒りをあらわにし、電話で説明する浩一。
    浩一「全く逆だよ!押し倒されたのは俺の方だって。俺が殴るわけないだろ」

    ○浅田サイクル(夜)
       看板、振り子時計。

    ○(回想)台所(夜)
       肩を震わす浩一。
    翠(声)「・・知らないけど・・ただそういう話が上に行ってるのよ・・診断書も送られてきたんですって、本人から」

    ○(回想)レストランB・厨房(夜)
       見下ろす同僚。
       倒れたままの浩一。

    ○(回想)レストランA・事務所(夜)
    翠「(ため息)」

    ○浅田家・店内(夜)
       黙々と作業するしながら、電話でのやりとりを反芻する浩一。
    浩一(声)「で?・・お前はどっちの言う事を信じるんだよ、なぁ」
    翠(声)「(苦笑)どっちって・・(小馬鹿にした感じで)私は見てないし ね・・」
    浩一(声)「そういう事を聞いてるんじゃないんだよ!」
       工具を叩きつける浩一。
     SE 花火の音
    浩一「・・・」

    ○(回想)レストランA・事務所(夜)
       押し黙る翠。

    ○浅田家・店内(夜)
       気を静めようと、店先に出、花火の方を見るが、勿論マンションしか見えない。
    翠(声)「兎に角、明日朝一で本社に来いって。売り上げの事もあるから、話合いたかったんだって・・」
    浩一「・・・」

    ○(回想)レストランA・事務所(夜)
       「祝!3ヶ月連続中京地区売り上げ一位」と書かれたポスターと、表彰状を持ち、社長と肩を並べる翠の写真。
       電話を耳にあてたままの翠。
    女性店員「店長、あがります」
    翠「あ、お疲れ様!明日もよろしくね!」
    女性店員「はい!お疲れ様でした」
    翠「(明るく)気をつけて・・・(ため息)ま、とりあえずそういう事です・・あ・・家の方に宜しく伝えて」

    ○浅田家・店先(夜)
       ガラス戸にもたれる浩一
    翠(声)「そうだ、それで・・挨拶行くって話(長い間)一旦白紙にしまし ょうよ。だって、 やっぱり無理があるもん・・」
    浩一「・・・(ため息)」
    翠(声)「じゃあ・・切るね」
     SE 電話の切れる音
    浩一「・・・(ため息)」
     SE 花火の音
     SE 工具が地面に落ちる音
       振り向くと自転車を直す浩幸の姿(幻)。
    浩一「・・・」

    ○浅田家・店内(夜)
       黙々と作業する浩幸(幻)。
       じっと見ている浩一。
       視線に気付き、作業を浩一に託す浩幸。
       作業再開する浩一。
       後ろで浩幸が中腰で見守っている。

    ○(イメージ)浅田家・外(昼)
       倒れこみ、微動だにしない浩幸の後姿。
       くすんだままの看板。

    ○浅田家・店内(夜)
       浩一振り返るが、バットが転がるだけ。
     SE 振り子時計の音
    浩一「・・・」
       両手で顔を覆い、小さく嗚咽する浩一。
       のれんがそっと開く。
       幼い浩子(10)が浩一をじっと見つめたまま、ゆっくりと腰を下す。
       扇風機が静かに回る。
       振り子時計。
     SE 花火の音
       やがて気を取り直し、真剣に作業する浩一。
       大人になった浩子、浩一の背中を優しく見つめている。

    ○浅田家・外(夜)
       駅方面へ自転車を走らせる小学生3人組。
     SE 中型犬の鳴き声。
       月が浅田家を青白く染めている。
                      


                                   終わり

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