連続小説 チチ蜻蛉 第7回

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    「どうしたの?」いぶかしげに、ヨシ子の顔を覗く店長。
    「いえ・・別に・・」
    「大丈夫?何か元気なさそうだけど」
    「・・平気です」
     話すなら今だと思った。
    「すみません、じつはあの・・」
     もう辞める理由など何でも構わないと思った。しかし言葉が出てこない。俯いて鼻をすするヨシ子。辞める方向に仕向けたのは店長なのだから、そこら辺は察してくれてもいいのではないかとまで思っていた。
    「あぁ、気にしない気にしない。ここら辺仕事で走り回ってるサラリーマンばっかだからさ、チラシなんかなかなか受け取ってくれないの」
    「・・?」
    「だからあんなにチラシ余っちゃってるんだよ」
    「・・・」
    「いや本当、暑いのによくやってくれました」頭を下げる店長、申し訳無さそうに頭を掻く。
    「一寸試させてもらいました。どの位頑張れる子なのかって」
    「・・はぁ」
     一体何が言いたいのだろう。同期の彼女は涼しい店内で接客しているというのに。これでは試すというより単なる見せしめじゃないか。そう思わずにいられないヨシ子だった。
    「いやね、こういう地味な事やらせるとさ、大抵の子続かないんだよね」
     ドキッとするヨシ子。
    「でもこれだってね、立派な仕事なんですよ。まぁ、そんなに効果は期待出来ないけどね。でも大切かそうでないかと聞かれたら、やっぱり大切なんだよね、こういう単純労働も」
    「・・・」
    「何が言いたいか分かる?」
     曖昧な表情を浮かべるしかなかった。
    「だからね、俺が見込んだ人程、最初にこういう仕事を頼むわけ。どんな仕事でもちゃんとこなしてくれるかどうかさ」
     それが自分を指しているとは思ってもいないヨシ子だった。
    「一緒に入った彼女なんかさ、洗い場とか一寸だるそうにやってたんだよね。まぁこのままだと長続きしそうにないから、早めにカウンター入れたんだけど。本当はもっと裏方の仕事に精通して貰いたいのよ・・。そういう事を率先してやってくれる人なかなかいないからさ」声をひそめる店長。ヨシ子が思う程彼女に肩入れしてはいないようだった。
    「でも・・」
    「ん?」
    「私・・全然駄目でした・・恥ずかしくて・・殆ど配れてません・・さっきも考え事しちゃって」
    「うーん、成る程ね。そっかそっか」
     何度も頷く店長、言葉を探している。
    「でもね、気付くって事が大事なんだよ。じゃあ恥ずかしいのをどう克服しようか、どうすれば沢山配れるのか、とかね。誰だってね、考え事はするだろうし。それはそれでいいんじゃないかな。最初なんだし」
     どうやらヨシ子が自分で思う程、評価は低くはなさそうだ。
    「俺もしょっちゅう娘の事考えてるもん。本当親バカだからさ」
    「娘さんいらっしゃるんですか」
    「そう。六歳になるね」
     娘の事を話す店長は父親の顔をしていた。少し緊張が取れるヨシ子。
    「あ、時間だけど大丈夫?」
    「・・はい、少しだけなら」
    「じゃあ俺も久しぶりに配っちゃおうかな。チラシ一寸貰うね」
     屈伸する店長、気合いが感じられる。
    「お願いしまーす。お願いしまーす」
     道の真ん中で腰を若干かがめ、誰それ構わずチラシを配ろうとする店長。その姿は快活そのもので、さすがに手慣れていた。それでも受け取る人は殆どいないのだが、めげる気配は全くない。
    「お願いしまーす。有り難うございます」
     ペコペコと動く店長の背中をじっと見るヨシ子、仕事だから仕方なくやっているという感じは全くないし、ヨシ子へのデモンストレーションという風でもない。チラシ配りという下っ端が押し付けられるような仕事を単純に楽しんでいるかに見える。もしも店長の娘がここに現れたとしても、恥じる態度など見せはしないだろう。
    「お願いしまーす。お願いしまーす」
     店長と当時の父親は恐らく同じ位の歳ではないだろうかとヨシ子は察した。
    「宜しくお願いします。お願いします」
     やはり店長も娘の背中越しにザリガニ釣りのコツを教えているのだろうか。容易にその姿が想像出来る。家事育児を積極的に手伝うタイプに違いない。襟足の整った髪と、程よく肉のついた体は家庭が円満である事を証明しているかのようだった。
    「お願いしまーす。有り難うございます」
     嫁に出す時は大泣きするんだろうなと、いらぬ事まで考えるヨシ子だった。
     人通りが途切れ、ヨシ子と平行して立つ店長。
    「やっぱり上手ですね」
    「そりゃそうだよ。新人の時は毎日やらされたもん」
     頷くヨシ子。
    「まぁ俺は社員だからさ、これも修行だと思って頑張ってたけど・・バイトさんだとそうはなかなか思えないよね。正直厭でしょ?こういう仕事」
     店長の人柄に、徐々に惹かれてゆくのを実感するヨシ子。
    「そこら辺は正直に言ってね。彼女みたいにそれなりの仕事ふるし」
     こんな新人の意見も尊重してくれる人なのだ。正直に言うのをためらった。彼女と一緒くたにしてもらいたくなかったのだ。どうせ同じ器用なコでも。
    「いえ、結構楽しいです」
     思わぬ事を口にしてしまったヨシ子。だが仕事を続けるか否かを判断するのにはさすがに尚早だったと反省したのは確かだ。
    「おっ、頼もしいね。これからも宜しく頼むよ」 ヨシ子の肩をたたく店長。先程の感触とは違って、大きな掌から一家の大黒柱特有のぬくもりが感じられた。間違いなく子供に好かれるタイプだろう。
    「娘さん店に遊びに来たりするんですか?」
     気を使って、そつない話題をふるヨシ子。満面の笑みを浮かべながら、娘の溺愛ぶりを語る店長の表情を見てみたいと思ったのも確かだ。
     自転車に乗った老人が、チリチリチリチリとベルを鳴らし続けたまま、二人の間をすり抜けた。店長はヨシ子の言葉を聞き取れなかったのだろうか、無反応のまま過ぎ去ってゆく自転車を眺めているだけだった。
    「店長の娘さんは、遊びに来たりするんですか?店に・・」
    「え?あぁ・・」苦笑する店長。そこはしっかりと区別しているのだろうか。こういう時でも通りへ視線を向けたままだ。僅かな間をおき、店長は鼻をすすった。
    「っていうか会えないんだよ」
    「・・・?」
     店長の言葉をすぐに理解出来ないヨシ子だった。(続く)

    (写真 タイ・バンコク 筆者撮影)

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