誰だって

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     今日(8月1日)の朝日新聞朝刊1面に、受刑者の出所後についての記事があった。仮釈放と刑期満了では、大きな違いがあるとの事。仮釈放で出た人は残る刑期の間、保護監察官や保護司から指導や助言を受けるが、満期出所者にはそれがない。だから後者のような人が出所したところで、頼るものが何も無い状態なら再び犯罪に手を染めるか、路上生活者にならざるを得ないという可能性が高くなる。また、仮出所者の受け皿の一つである厚生保護施設も、地元住民との軋轢があったりと、人生やり直そうとする人々にとっては厳しい世の中である。

     罪を憎んで人を憎まずという言葉があるけれど、それは「まぁまぁ、彼も魔が差したんだよ。だから許してやろうよ」という意味だと思い込んでいた。しかし、今の僕の考えはそれとは少し異なっている。罪を犯すには、それなりの背景、要因があって、そういった条件が重なれば、誰だって犯罪者になりかねないと思うからだ。環境説とでも言うべきか。

     「彼がそうした」というより、「彼にそうさせた」背景が、断言は出来ないにしろあると感じる。貧困だとか、頼れる人がいないだとか、裏切りだとか。まぁ大概の人はそこまで追いつめられる事は無いのだろう。しかしそれは己の精神力のみで乗り越えられたわけでもなさそうだ。家族や友人のサポート、或は社会保障で何とか凌げたのではないか。もしそれらを当てに出来ない人がいたらどうだろう。

     最近話題となった、二人の子を育児放棄で死なせた23歳の母親も、その経緯からすると、実は彼女自身も社会から放棄されていたと思わずにいられない。

    (写真 筆者撮影)

     

     

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