花の街

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    昨日、メンタルヘルスに関するシンポジウムに参加し、休憩中ステージで「花の街」を演奏しているのを聴いた。故・市川準監督の映画初作品である「BU・SU」の挿入曲でも使われており、シンプルながらとてもいい曲である。当然市川監督の事や映像も思い出し、昨日からずっと僕の頭の中では「市川準監督作品集」が特集されている。今でも上映中であるが、定員は1名であるので誰も誘えないのが残念である。「BU・SU」は80年代後半、つまりバブル期に作られている。主演の富田靖子は高校生ながら東京の神楽坂で芸子の修行中という設定だ。当時僕も高校生であり、登場人物の服装などがとても懐かしい。

    作品が作られたときの評価は知らないが、初監督作品にしては題材が地味で、逆に言えば大風呂敷を広げずにこの映画を作ったという点で僕は高く評価する。写真家の桑原甲子雄や、木村伊兵衛の作品のイメージと重なるのだが、撮影当時のどうってことない街並や、人々の服装、文化というものが、何年か経ち、ひと昔前と呼ばれるまでに熟成されると、それがまた当時とは違う味わいとなる。なのでこちらは画面の隅々まで、乗り物だとか、建物、看板、ポスターに至るまでを嘗めまわすように見てしまう。鑑賞というよりも観察に近くなる。そういった狙いが市川監督にあったのかは分からないが、色褪せた過去が鮮明に蘇ってくるという「おまけ」まで、観ている側に与えてくれるのは有り難い事である。

    その監督とたった一度だけお会いしてから、もうすぐ3年が経とうとしている。僕は狭いステージで拙い演技をし、監督は座り心地の決して良くない客席にいるという、何とも可笑しく贅沢な出会いであった。花の街を鼻歌で歌っていたら、その風景も思い出され、鼻柱に微かな痛みを感じ、涙がこぼれた。

    「BU・SU」しかり、「会社物語」「つぐみ」しかり、ひと昔前の作品に映し出されたどうってことのない街並が、今となってはしっかりと「花の街」となり、地味だった筈の映画が華やいで見える。どうって事のない人の繋がりが、今となってはとても羨ましく感じるのは何故だろう。これはもう「古き良き時代」と懐かしむだけではなく、現代の人間関係や、何処へ行っても同じような風景に出くわすといった、味気ない文化・風潮を考え直す為にも、市川監督の作品に是非とも触れてみて欲しいと僕は思う。

    ゴージャスな花を生ければ、その豪華さに最初は圧倒されるであろう。そうした方向性でなく、市川監督は作品に種を蒔くという段階から始めたのではないだろうか。封切りされた時はまだ芽が出るか出ないかという、バブル期にはどちらかといえば異端であったのだろう。しかし生け花はその瞬間がまさに絶頂期で、後は萎れる運命であるのに対し、監督の蒔いた種は20年以上経った今尚成長し、奇麗な花を咲かせている。それも薔薇や胡蝶蘭といった華々しいのではなく、菜の花のような、とても親しみ易い花である。そして「buy a suit スーツを買う」という新種の種をまき終え、秋と呼ぶにはまだ早い9月19日未明にこの世を去った、59歳という若さで。

    映画初作品「BU・SU」が、今月末に神田神保町の映画館で上映される。機会があったら是非観ていただきたい。監督が心を込めて育てた「花の街」に出会える筈である。

    市川準オフィシャルサイト最新情報はこちら

    (写真 ネパール 筆者撮影)

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