それ位なら出来ます

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    犯罪とか自殺とか、悲しい出来事を何とかして防ぎたいものである。犯罪も自殺も、国にとって非常にマイナスである。例えば犯罪で言うならば、一つの犯罪でどれだけの費用がかかるであろうか。勿論犯罪の種類、程度にもよるだろうが、事件が発生してから加害者が刑務所を出所するまでそれ相当の金額がかかっているであろうし、労働力を充分に発揮できないとなると、本当に甚大なマイナスである。しかも刑期を終え出所しても、住まいや就職のケアが不十分であり、結果そのままホームレスとなったり、すぐさま再犯に走ったりしてしまうケースもあるという。つまりは当事者にとって、塀の中の方がまだましだと考えるのも当然だと言えるのではなかろうか。例えば10年以上服役していたとしたら、娑婆はまさに異国のように様変わりし、頼れる人もなく、まさに現代の浦島太郎となってしまう。つまり一つの犯罪が引き起こすマイナス要素は計りしれない。

    また年間3万人を越える自殺に関しても、人口減少に歯止めのかからない我が国にとって相当なダメージであるし、勿論その家族や友人、知人に関しては、単なる数値的なダメージで済まされない。

    犯罪や自殺は単に個人的な問題では済まされない。これはよく言われていることである。だが、それらを「未然に防ぐ」にはどうすればよいのか。パトロールを増やせばよいのか、相談窓口を増やせばよいのか。それもそうであるが、先ずはそういった気持ちを起こさせない事が肝心であるのは言うまでもない。両者が景気と関係している場合が多いようなので、経済的原因を解決出来ればよいのだが、そう簡単にいかない。となってくると、やはり我々一人一人が互いを思いやる気持ちをもってさえいれば、孤独感に満ちた人々の心を少しでも和らげる事が出来るのではないだろうか。これは凄く漠然とした対応策かもしれないし、他人と接触を避けている人、また接する機会が殆ど無い人にはなかなか届かないアクションかもしれない。けれども今の世の中殺伐とした空気が充満している事は言うまでもないが、やはり国や組織に対して不満や失望感を抱えているだけが我々の特権ではないという事をわきまえなくてはならない。

    だからこそ、先ずは自分が出来る心配り、思いやりとは何かを考え行動に移していくしかない。一人一人の地道な努力が、いつかこの殺伐とした空気を払拭させ、あたたかな空気に満ちあふれた世の中になれば、絶対にいい方向に転換していくと断言出来る。

    では具体的にはどうすればよいのだろうか。先ずは昨日とは違う自分になるという意味で、昨日より大きな声での挨拶、昨日よりもいい笑顔というレベルで構わないと思う。社内でゴミを一つ拾うのでもいい。それが今まで気にならなかったことであったとしたならば、大きな躍進である。そうした積み重ねが、他人の気持ちを思いはかる力を身につけられるトレーニングとなる。

    勿論人は神様でないから、完璧を目指さなくてよい。僕だってこんな事を書いているにも関わらず、実際は穴だらけの人間である。ゴミ拾いマラソンだって、袋が一杯になれば、あとはもう見過ごすしかないし、いまだに気恥ずかしさがある。それでも、ゴミ拾いをする事で、色々と考えさせられたりするし、時には礼を言われることもある。礼をするという事は、その人も何かを感じたという事ではないだろうか。そうやって互いに関心を持つ事で、自分にもよい影響が起こる可能性は高い。小さなアクションが積み重なっていけば、世の中は良くなってゆく筈である。

    何度も言うが、この殺伐とした空気を作り出しているという点では、国民にもその責任はあると感じる。

    是非、「昨日より今日」を実践していただきたい。小さな小さなハードルで構わないから。

    (写真  タイ・チェンマイ 筆者撮影)




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